人生

佇まい  武士の所作

佇まい 武士の所作
この言葉も現代の日本社会から既に消え去ろうとしている。

日本の飽食に吸い寄せられた外国人や特別永住者の発言力
増加に伴って日本古来のしきたりと共に過去に押しやられ
ようとしているからである。

そのような風潮からの反映か、温故知新に得も言えぬ郷愁を
感じる人々が少なからずいる。

ことに先般の食事会を御一緒した、空手道 道真會館先代館長
久保師範、久保先生にその佇まいを感じる時がある。

久保先生の親友武道多聞さんを交えての食事会は誠に楽しい
飲み会になった、場所は松山市内のとある場所、私がいつも
通る道から少し入り込んだ所にその品のある店は在った。

昼と夜のランチタイムに重きをなして、明るい店内は家族連れ
更に若者のデートコースに最適な憩いの場である。

まだ若い経営者が素晴らしかった、料理が運ばれるほどに何度呟いたことだろう ?
初めて会った気がしない、何故でしょうね ?

マスターの戸惑いの表情に誠実な人柄が滲んでいた、この店を紹介して頂いた武道多聞さんに感謝である。

久保先生に話を戻す・・・

「出会いは、何時でしたかね?」 との私の問いかけに ?
まだ、16~17才の頃、勤め先の大学生の息子さんが帰郷した折私の店に連れて来てくれたそうである。

もしかして1~2年の記憶違いがあるかも知れないが、芦原門下生の中では最も早く知り合ったことになる。

その前に久保先生のお姉さんを知り、後に私が最も気心の合う周ちゃんの側で常にガードしていた弟を知る訳だから久保先生の兄弟との縁はこれが運命との感強いものがある。

連れて来てくれた勤め先の社長の子息は、現在松山市内で名の通った病院の院長に出世されている、会いたいものである。

芦原道場は個性の強いツワモノ達がひしめいていた、その中で体は小柄だか沈着冷静、とてつもない技を繰り出す道場生として久保少年の名前は聞こえていた。

柔道の技で投げられながらとっさの判断で相手に蹴りを入れる、その俊敏さは群を抜いていた、大男達の陰に隠れて技と胆力を磨いていたことはずっと後になって知るのである。

柔和な人当たり、子供達の指導に独特の人間性を発揮する、
更に私が感嘆したのは、後継者片山現館長へ禅譲であった。

武道の世界はとかく私利私慾が先行して後継者選びにお家騒動が持ち上がる、実力、気力充実の盛りにスパッと譲った清廉潔癖は見事の一言である。

本来の武道談義は次項に譲るとして久保先生への興味は更に高みを迎える、改めて感じたのは、弁舌さわやか穏やかな佇まいの中に凛とした信念を持つ武士の所作を見たことである。

私欲に縁のない男肌、興味は更に尽きない、飲んでも話してもとにかく肩のこらないザックバラン !

武道探求の機運は衰えを知らない、
「やるか ! 覚悟はできてるか !」 究極の空間で自答するサムライひとり !

道真会館を立ち上げて憂なく二代目に禅譲した空手家久保師範 !
来たる春、桜の花びらに似合う佇まいを見せることだろう !

押忍

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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