人生

ひとりぽっちの誕生日

ひとりぽっちの誕生日
見事に晴れ上がった3月の空は、別れと出会いの協奏曲、
ところが私にはひとりぽっちで祝う感謝の月でもある。

貧乏人の大家族にいた私に誕生日を祝ってもらう習慣はなかった、それが悲しいとか寂しいとか思う発想さえなかった、これが当たり前の我が家ののどかさだったのである。

両親、特に母親の子供に対する愛情は強かったことで、
貧乏の悲しさで誕生日を祝ってやれない母親は心痛めた
ことだろう。

しかし、金に執着しない者は、人が思うほど貧乏を
気にしない、子供の私は、それが辛いとも淋しいとも思わなかった。

人を当てにしない独立心はこんな要因で芽生えて行く、
こうして振り返ると貧乏に育った者は卑屈にならない
限り得るものは多いことに気がつく。

役所の人事異動の季節、今日も又連日の移動状況が新聞
紙上に躍る、数名の馴染みの担当者の名前が載っていた。

「長い間ご苦労様でした!・・・」まさか私から労いの
言葉が出ようとは ? 電話口の彼は一瞬戸惑っている !
そして声を震わせて「ありがとうございます」と答えた。

同僚から融通利かずの頑固者「困っています !」 と
愚痴られていた担当者だったが、私はグッと我慢の一文字
気長に付き合ってツー カー で理解し合える仲になった男だった。

これ以上のやり取りはカットするが、相手に臨む前に誠意
をこちら側が示すことで人間関係は好転する、

しかし、これは日本人同士の間柄であって他民族になると
それが仇になることが多々ある、政治、経済の世界に垣間
見えるだろう。

「あの野郎! こんちくしょう!」

こんな人間関係は何処にでもある、今は亡くなった人だが、
一昔前、一般人には恫喝いとわずの男が、本物のヤクザに
脅されるとすぐ警察に逃げ込む、と陰口叩かれる男がいた。

他人の評価は本人には届かない相変わらず肩を揺すっていた、出会った時私の方から声を掛けたが「おう!」声にならない声でふんぞり返っていた、私は笑みを返したが ?

男として恥ずかしい限りだが、これも又、ひとつの生き方 !
いいんじゃねえの  ?  私はそう思うことにしていた。
彼も又、長生きできなかった、余りに若くしての死だった。

別の役所の職員は別の課へ移動になった、私の電話に寡黙な
男は感激した「・・・は懇意だからよく言っておきますよ!」

難しい案件で無理を言って困らせた、法に則り辛抱強いやり
取りで方向付けを探り許可にこぎつける、だから尚更労いを
伝えたい! それがSの流儀なのである。

青空が眩しい、心豊かに今日の日を祝福してくれている !

ひとりぽっちの誕生日 !
あの世で、子供に誕生祝いをしてやれなかった父と母が !
「おめでとう、よく頑張ったね !」

苦労かけ続けの誰かさんが、知らない振りして、そっと一品、テーブルに乗せている、無言の・・・ ?

私はそれだけで充分な男、質素を旨とする人間にして貰った
両親はじめ全ての人々に感謝です。

時間が迫って来ました、
次の役所へ参ります、今日が人事異動の発表、彼等の笑顔を
見に、落ち込む人を励ましに、私はひとりぽっちの誕生日を
満喫します。

人生に乾杯! 日本の国に感謝 !袖すり合う人に有り難う!春の青空は、たなびく雲さんと祝福の合図を寄越してくれた。

 

「苦労している人を、 よろしく !」

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