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思い出

ついにその時が

ついにその時が
平成27年1月2日の夜は特に犬のマル(通称まる)は
苦しんだ、
ゲ-ジの中で不自由な身体を反らせ、もがく様に身体を
四隅に打ち付けた。
朝は少しだけドッグーフードを食べたが、ほとんど残していた
ので 夜は与えなかったのである。

その夜中から朝方まで休むことなく泣き声をあげた、
朝になってようやく身体が楽になったのか、
それとも泣き疲れと体力の消耗と、身体(命)の限界なのか
静かに目を閉じて穏やかになった。

「まるちゃん・・・?」 私は声を掛けてみる・・・
見えない目を開けて、かすれた子犬の声で「わん、わん・・・」
と答えてくれた、
まるで1年有余のボケ症状(痴呆症)が消えて正常に戻ったような
様子を見せてくれたのである。

3日は朝からおとなしく穏やかな症状が続いた、
4日、右側を下にして目は閉じたまま少し口を開いている
布に水を浸し口元を濡らしてやった。

「まるちゃん!」 正常な昔に返ったように反応した・・・
私の言葉を理解している・・・。

4日の午後3時、今日は持つだろうか明日(5日) は難しいだろう
と判断して、私は用事のため家を出た、
3時40分頃、家内から携帯に電話がかかってきた、

「まるが息をしていない、コタツでうとうとしていたので判らな
かったが三時半ごろ亡くなったのではないか」と言うものだった。
10分後、私は我が家に帰り着いた。

まるは、まるで生きているように目を開けたまま横になっていた、
その表情は苦しみ(痛み)から開放された安堵感で満たされていた。

(一晩、家で寝かしてやろう・・・)
私は前日に引き続いて、まるの傍で一夜を明かした。

1月5日午後2時ごろ火葬のためにA動物霊園にまるの遺体を運んだ、
所定の事務手続きを済ませた後、午後2時20分 着火、
午後3時40分、骨だけになったまるのお骨を骨壷に入れた。

腹部が黒く燃えていた・・・
「腎臓か、肝臓が悪かったのでしょうか、それから胃かな?」
霊園主の親切な言葉に救われる、
ここは春と夏、一足先に家内の友人達の愛犬が荼毘に付されて
納骨堂で眠っている霊園でもある。

「まるは、家につれて帰ります、家で見守ってやりたい」
それが、われら家族の願いなのです。
親切な霊園主に見送られて霊園を後にした。

穏やかな、まるで春日和のような天気だった、
天国に召されるまるをお天道様が先導してくださるような
そんな気がして空を見上げた。

「わん わん わん ・・・」
今わの際に泣くまるの声は、小さな頃に泣いた、あの声だった、

神様が、まるの為に、まるのがんばりを 褒め称える為に、
正常な精神に戻してくださったように 私は感じていた。

それだけに、
私は、感謝と共に後悔の念がこみ上げてくるのである。
亡くなって更にわかる、家族の愛と絆。

平成27年の正月は、涙に濡れた正月になった、
男、Sがとめどもなく泣いた時間だったのである。

「まるちゃん、良いところへ行くんだよ!」
我が故郷の人々が、死出の旅に旅立つ人に向けて送る言葉、
私もまるに語りかけた。

いつの日か、私があの世へ旅立つ時、
私の墓に、私の傍に、まるの遺骨を納めてやりたい。

周囲の山々が天寿を全うした まるに 哀悼の意を表するように、
穏やかな風情を見せて頭を垂れた (微笑んでいた。)

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