「馬鹿が ! お前達の基本じゃないか ?」
選定の一社は、私の責任外だが、もう一社は私が単独指名させた業者、境界擁壁が僅か隣地へはみ出してしまった、その断りの電話が入ったのである、馬鹿が ! どうしましょう ? 知恵を搾り出す !
もう一社は見積りの見落としで再見積りをお願いします、だめな時はこちらの責任で諦めます !
責任担当の専務の健気なスタンスが分かるだけに施主にはある程度譲歩をお願いすることにして、了解を得たところである。
私が歩んできた人生の道程に無駄はひとつもなかったと妙なところで得心した。
若い時分の荒ぐれ達の喧嘩の仲裁は、ひとつ間違えれば大怪我どころか命を落とす場面も無きにしも非ず だったが、よくぞ事なきを得たものだ。
青春の狭間のそれは、若者であれば誰しも経験すること、しかし家庭を持っての修羅は、できればしたくはない、私は当たり前の日常だと自分に言い聞かせていた。
春先の移動で、気に入らぬとゴネて別の部署へ移動した地方公務員がいる、私とは気心の合う職員なので黙っていたが、まず民間では考えられない?
「そうか、会社が決めた人事異動に納得できぬか、では辞表を提出せよ!」
それで終わりだろう !
私の職種は、揉め事やその仲裁が怖かったら店をたためば良いだけである、何人もの若者が店の手伝いをした、見せ掛けの派手やかさに憧れを持って、腕自慢でない限り、事が起きれば一発で降参 !「 マスタ-辞めさせて !」
その点私は、よき先輩・後輩に恵まれた、その他大勢の私の学生生活、師・同輩・後輩との出会いが公私共に私の人生を実りあるものにしてくれた。
だから、飲み屋につきモノの刃傷沙汰も気にならなかったのである。
怖い場面、本人の自覚は別として数限りなく有った、それが今振り返ると郷愁を伴って懐かしい。
腕自慢は自薦他薦、あるけれど、修羅の場で、その人の腹の内はすぐ見える。まず地元で、ぬるま湯の中にいるチンピラは、その程度が分かると云うものだが
都会の本場を経験した若者達は、その所作からしてしつけが行き届いていた、正月、盆に帰って来る彼らは、だから私は好きだった。
にっこり笑って頭を下げる「マスタ-元気でしたか !」 うれしかったね。
猫を被った良い男 ! それを知らぬ私は彼の申出を受けてしばらくバ-テンをやってもらった、後日、彼は元の古巣に戻った、そこへ訪ねた地元の男が
おったまげた、本当の姿は巨大組織のえらいさんだったのである !
彼は帰郷のたびに店に顔を見せた、相変わらず腰の低い男だった、馴染みの客と普通に話をして座を持たせていた、暴対時代の今どうしているだろうか !
怖い人がいて、銀行マンが横に座る、見目麗しい乙女がその横に並ぶ、不思議な店だった「マスタ-あんたが守ってくれるから安心しているよ !」
乙女達の父親の言葉である、信頼を得ると云うことはそれ以上の義務を背負うこと、即ちどんなことをしても守り抜く覚悟。
あの経験が今の私を作っている、
「申し訳有りません、私のポリシ-は相手の落ち度は厳しく指摘しますが情をかけて今後に生かします、勿論舐められたらいけませんが !」
施主にはそう言って許してもらった。