書類作成中だった、突然家のCCが狂ったように玄関先へ走った、耳をつんざく鳴き声である !小窓に黒い影が映っている、無言だった。
来客には二通りの客がいる。
ベルを押して神妙に立っている人、このような人は「どなたですか!」と問うと必ず答える「何処そこの誰々と云います」 特に営業に携わる者は基本中の基本だと思うが ?
もう一方は、ベルを押したきり此方が戸を開けるまで無言で立っている。 問うても黙っている。このタイプにも二通りある。
気弱な人間タイプ、訪問先主人が顔を出すと人柄を見て初めて挨拶する、逆のタイプ、言わずと知れた押し売りタイプ、主人がおとなしい人ならどう出るのか ? 私は予想できるが !
今朝の来客はベルを一回押して黙っていた、小窓を明けると端正なス-ツ姿の青年だった、名刺を見ると私が現在手続中のクライアントと同姓、ここから会話は一気に進んだ。
身奇麗な服装とその笑顔が爽やかだった、会話は弾む、おじいちゃんが元その町の議員さん、お父さんは議員を継がず堅い職業についている。
「じゃあ! 君が社会勉強しておじいちゃんの後を継いだらどうかね!」「考えた事もありませんが、仕事をがんばって考えて見ましょうか ?」 この言葉は、リラックスして出た言葉である。
初対面だったが、こちらの受け方次第で彼の氏素性、その背景まで分かる、初対面の相手には緊張する、これが普通の人間である、かれも初めは緊張していたが、私が笑いでほぐしてやったのである。
彼の勤務先は私の仕事に関連している、この地方では名の売れた会社である。「連絡してあげるよ !」私が車中で飲む予定だった缶コ-ヒを名刺と一緒に握らせた、「がんばります !」 爽やかな笑顔だった。
私は、息子と同年代の若者を見ると、彼らの後ろ姿に息子を重ねて見る、わが子が、どこかで戸惑いの時、親切な言葉を掛けてもらえるか、否か ?
その慈愛の気持ちは全て祖母、父母から受け継いだ貧乏人ゆえの人情だと思っている、
「Sさん、人間だもの !」
教育、特に子供達の尊厳を問う私に、故郷の中学校で最高位の校長を務めた後輩の弁である。
定年退職して共に教員を務めた糟糠の妻と静かな黄昏の今を過ごしている。「逢いたいな ァ !」
「人間だもの ! Sさん!」
得もいえぬ笑顔が脳裏に浮かんだ。
季節は冬に向い、故郷の山々は黄金色のみかん一色に映える、九州へ向うフェリ-が友の呼び声を伝えるように物悲しく響く。
難聴になって電話口に出られない竹馬の友、脳梗塞に負けずリハビリに励む共に学びともに遊んだ高校の友、私は彼らの苦悩を忘れない。
待っていろよ !
逢いに行くからな !?
今朝の若者から友情の大切さを教えられた気がする、人間はいい、争いのない世界を !?