「今日の天気は晴れかと思っていたが曇りになったのね?」
友からの電話、その話の中で、奥さんがそう言ったそうだ、続けて、公安委員会から「認知機能検査」の通知が来たよ。
それは、はるか遠い昔、海岸線沿いにある古い農家の家の小さな庭に、ポツンと椅子に腰を降ろして淋しげに沖合を眺める御爺さんがいた。
つい先立って連れ添いのお婆さんが亡くなったばかりだった、男はどんなに若い頃元気者であっても所詮淋しがりやである、妻に先立たれること程、気力の萎えるものはない。
高校生の私が感じた強烈な思い出である。
人生の酸いも甘いもかき分ける年代になると、あの時の皴まみれのお爺ちゃんの侘しさを振り返る、間もなくその人はお婆ちゃんの後を追って黄泉の国へ旅立って行かれた。
私が私淑していたお方がいる、男としての立場もいわば成功組、経済的、家族的にも恵まれた人だった、ただひとつ黄昏を迎えての悲しみは奥さんに先立たれたこと。
子供達は当の昔に都会へ出て成功していたが、その家には孤独な老人がひとりポツンと卓袱台を囲むだけだった、私の訪問をことのほか喜ばれて、四方山話に花が咲いた。
当然の帰結で、認知の症状が出るようになり、息子さんとの電話連絡も頻繁になった、息子さんの住む湘南の地に転居することになってとうとう永久の別れが来たのである。
その僅か後、子供さんたちに看取られて奥さんの元へ向われた。 「家内のもとへ行きたい! 家内に逢いたい!」
あの淋しげな表情が忘れられない、天国で再び膳を囲んでいることだろう、安住の地で。
男とは弱いもの、連れ添いに先立たれて強いのは女性 !
どんなに不満があっても頼るのは結局女房、大事にしてあげてください、旦那以上にあなたを頼る男はいません。
口先男はごまんといるが貴女を真剣に心配するのはご主人だけ、男を見送って子や孫に囲まれて幸せを満喫してから天国行きの特等へご乗車ください。
「そそっかしいお父さんだから、天国に来てからも手がやける?」
地獄行きの乗り換えに間違って乗車しないか奥さんがお出迎え。
閻魔大王の秘書役の美女が案内する地獄行きに乗らないか気が気ではない、男はどこへ行っても助べえです !
愛人に尽くしすぎた分、奥さん孝行して下さい、バチが当らんと思いますよ。
ああ! そうそう、その前に、きちんと三途の川は渡って下さいね !?