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思い出

おやじさんに 逢いたい

おやじさん。

私にはかかりつけ医が数名いる、内科・胃腸科、外科、整形外科、耳鼻科、歯科、何かとあればすぐ駆けつけられる懇意な先生方。

深刻な話から家庭の話、冗談を戦わせる漫才相手、そんな訳で親しくなり過ぎて逆に私が相談を受けることもある。

「Sさん、一度見てもらいなさいよ   ?」と先生 !他の科をお勧めなのである、「先生、どうせ寿命と病気の駆けくらべですよ  !」「そうは言っても見てもらいなさいよ !」「じゃあ!  行って見ます  !」先生苦笑いしていた。

この爺さん、変わっている、まるで私の父親のように押し問答、でも許しちゃおう   !    と。

私は昔から老人キラー!  何故か年寄に可愛がられる、数十年の時を経て、あの時大事にして頂いた親父さんの息子さんと会う機会ができた。

その親父さんは、偉い役所のその又偉い人だった、普段は寡黙な人だが、酒の席になると饒舌になって必ず私の元に寄って来てお酌をされるのである。

時を経て、その息子さんとお会いして分かったことがある、普通の親子は会話が少ないのだが、特に男同志の親子は余り話したがらない。

息子さんも、親父さんに似て階段を駆け上がった出世頭、その人柄はお父さんを彷彿とさせる頭の下がるお人だった。

赤ら顔で、私の席に来る親父さん、嬉しそうにお酌をする、息子さんは私より少し歳下、今、納得行くのは親父さんは私に息子さんを重ねて見ていたのではないかと言うことである。

実際の生活では、向かい合ってお酌のできなかった寡黙親父、「息子さん、評判が良いですよ  !」ある時、そう伝えた私に相好を崩して「そうかな、ありがたいね !」と頷いた。

思い出すだけで私の涙腺は全開になる、不思議なご縁はその親族にまで及ぶ、

「Sさん!  ◯◯◯  ・・・」 息子さんからの電話が嬉しい。

その電話は、あの時お世話になった親父さんとの会話を思い出す。

私がその仲立ちを仰せつかって、まるで父と子が会話するような錯覚 ?

ある組織で最高位を極めて、現在は大手企業の代表取締役に就任、親父さんを越えた息子さんは、更に謙虚に社会の安全に努めている。

しかしこの親子です、「皆さんのお陰です   !」おやじさんの謙虚な声が聞こえてくるようである。

「親父さん、さすが、あなたの子供です、大したものです  !」酒の所為ばかりでなく目を赤くした親父さんがニッコリ笑っているような !

「 親父さんが亡くなって7年が過ぎました、御墓参りをしたい !」

季節は冬に向かい、木枯らしの舞う師走がそこに来て、正月を迎える、人間とは情が基本です、日本人ならそう思う、しかし世界には人情の通じない国がある、人間とは何者なのだろう    !?

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