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フィクション, 思い出

空へ

空へ

空へ、これでもかと吹きつけた風と冷気がいつの間にか鎮まり、見渡す景色は春の訪れを目に焼き付ける、人間の脆さと限界を嫌になる程痛感させられた自然だった !

緊張を強いられた野に住む生き物達が、穏やかな夜を期待して今は野に伏している。

夜間のしじまを恋うるように身体を横たえている。

愛媛県松山市ではこれらの弱きもの達への居住地を確保したとのニュースが流れたばかりだった、生き物達への些か批判めいた噂が流れる市政だけに今後を見守りたい。

野志市長、中村県知事、か弱きものへの実のある政策を切にお願いいたします。

生まれて2〜3ヶ月の野良猫の子が私に懐いて足元から離れない灰色の毛で似合わない濁声で私の姿を見ると訴えて来る、速度を 増したスピードの車両が通るたびに大きな声で言って聞かせる。

「シャガれ(車に跳ねられる) たらいけないぞ! 気をつけよ!」薄々、だんだんと分かり始めたのか家の庭や軒下へ退避するようになった、今日はまだ姿が見えない。

私の幼児時代、子どもの頃は、四国の片田舎だった娯楽のない寒村生活は灰色に覆われていた、海と山と谷川のせせらぎがせめてもの生活範囲だった。  

私は多数で戯れるよりも、少し離れてポツンと皆んなの輪を眺める 子供だった、それは孤独というよりも自立心、独立心の発露だったのではないか、だからどの記憶を呼び覚ましても淋しかった記憶がなぃ。

ひとりで過ごした辛さがない、先輩から陰気なイジメ、無視をされても、実の兄たちに訴えて助けを求めた記憶がない。

目の前に八幡浜市大島、夏の海水浴場が横たわっている、今は全国に知られた真穴みかんの選果場が我が家の前に在る、子どもの頃は手付かずの浜がズラシ(コンクリートの坂道) が道路から下っていて海に続いていた。

夏ともなればその陽を浴びて温もったズラシに寝転がって星空や遠影を飽きもせず眺めていた。

そして、あの空はどこへつながっているのか? あの空のその向こうに何があるのか、子どもの想像と夢は止む事なく続いたのである。

もし ・・・

私の家庭が都会にあって教育に熱心な家であったなら、私は天文学の道を選択していたかもしれない、物思いに沈むというよりも自然に魅せられた孤独な少年という趣だったのではないか。

宇宙に興味を持ち、世界の平和を危惧する地球大好き人間は現実の地球号に悲観論を抱くようになった、人間界の指導者争いは、他の動植物を圧迫するように劣化した。

自然界、宇宙の神秘を刺激して明日をも知れぬ運命を引き寄せている、日本の広島、長崎に悲惨な核投下があった事で今は世界中の人々に核否定が行き渡っているが、長期政権を手放さない独裁国家、独裁者が強引にも間違った選択をするのではないかと疑う時代になった。

そうなると地球は動植物の住めない星になり人間は宇宙の歴史の中で永久戦犯の烙印を押されるだろう。 

あの幼少期、小さな星で空を見上げた子供がいた、胸をときめかせ、夢を追い求めた純真 !は、どうなっただろう ? 片田舎で星に願いをかけたあの子はどこに行ったのか ?

今日、3月23日、一級河川重信川の袂で誕生日を迎えた男がひとり、その河川のそぼ降る雨の中で、生かされる命に感謝する男がその子どもの成れの果てと誰が想像するだろう !

ご先祖様、亡き父母、兄弟姉妹に感謝の誠を捧げる、

ふるさとは我が支え、生きる指標、とこしえの学び舎。

空へ   !?

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